鹿島アントラーズ|ジーコの名言(言葉)やエピソードまとめ【ジーコスピリット】

今回は、ジーコの名言・エピソードについてご紹介します。

鹿島アントラーズでは、ジーコスピリット=「献身」「誠実」「尊重」が根付いています。Jリーグ創成期から継続した強さを見せているのは、このベースがあるためと言われています。

本記事では、ジーコが日本に来てから選手やスタッフ、メディアに語った言葉やエピソードをまとめています。

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ジーコが在籍・指揮を執ったクラブ・チーム

ジーコのフリーキック

まずはじめに、ジーコが現役で在籍したクラブや、監督として指揮を執ったチームについて簡単に紹介します。

ジーコが在籍したクラブ

1971–1983ブラジルCRフラメンゴ
1983–1985イタリアウディネーゼ
1985–1989ブラジルCRフラメンゴ
1991–1994日本住友金属/鹿島アントラーズ

結果論ですが、現役時代は1国1チームに在籍しており、「チームはファミリーだ」というポリシーが表れているように感じます。

また、日本に来る前に既に引退を表明、ブラジル代表としてイタリアで引退試合を行っています。一旦、現役を退きブラジルでスポーツ担当大臣の職に就いたにもかかわらず、サッカー後進国、日本のプロリーグの創成期を選手として支えるチャレンジ精神には驚かされます。

結局、41歳(!)まで現役を続けており、鹿島アントラーズでの引退スピーチ「アリガトウ、カシマ。アリガトウ、アントラーズ。」の言葉はアントラーズファンには印象深いですね。

ZICO • Melhores Gols, Dribles e Passes

ジーコが指揮を執ったクラブ・チーム

1999日本鹿島アントラーズ(監督代行)
2000–2002ブラジルCFZ
2002–2006日本日本代表
2006–2008トルコフェネルバフチェ
2008ウズベキスタンブニョドコル
2009ロシアCSKAモスクワ
2009–2010ギリシャオリンピアコス
2011–2012イラクイラク代表
2013-2014カタールアル・ガラファ
2014-2016インドゴア

多くの人の記憶に残っているのはもちろん日本代表監督時代のワールドカップドイツ大会でしょう。残念ながら期待に応える結果は残せませんでしたが、その後も監督としてのキャリアを積んでいます。

指揮したクラブは各国国内リーグの上位クラブが多いですが、国で見ると決してトップリーグではありません。中でもインドのクラブを指揮したこともあり、日本の鹿島アントラーズの例のように、サッカーの発展に寄与することも大事にしていたのではないでしょうか。

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ジーコの言葉・エピソード

指示をするジーコ

ジーコの言葉やエピソードを、以下の5つのカテゴリに分けてご紹介します。

  • ジーコのプロ意識
  • ジーコの技術論
  • ジーコのメンタル
  • ジーコとスタッフ
  • ジーコの人間性

ジーコのプロ意識

1991年に来日した直後、鹿島の選手を前にこう話したことがある。

「いいかみんな。練習の後で疲れているのはよくわかる。でも、雨などで身体が冷える恐れがない限り、今日から20分程度でいいので必ずファンと接するように。俺たちがサッカーで食べて生活していけるのはファンのおかげだからだ」

当時の住金サッカー部は選手たちのアマチュア意識が抜けなかったため、寮を抜け出してスナック菓子を選手たちが多かった。ジーコはプロ意識を叩きこむため、毎晩選手寮の出入りを見張りスナック菓子を没収。

「プロ選手のカラダ造りに菓子は必要ない」

当時、選手寮で飼っていた犬(名前はヒメ)にそれらを次々と食べさせた。毎晩のようにジャンクフードを与えられていたヒメは丸々と太ってしまい、選手を叱責した。

「お前ら選手のおかげで、可愛かったヒメがこんなに太ってしまった」

Jリーグ開幕前のイタリア合宿で鹿島はクロアチア代表に1―8で大敗した試合のハーフタイムのロッカールームでチームメイトに。

「おまえらも同じプロだろ!勝つつもりはないのか!」

ジーコは、負けるかもしれないと思って試合に臨むことがない。

住友金属時代、ロッカールームには所属選手らの汚れたシューズが散らかっていた。

「こんな汚い所では寛げない。次もこんな状態だったら全部捨てる」

おもむろに自分のシューズの手入れを始めるジーコのストイックな姿勢に周囲は唖然とした。

住友金属時代にアマチュア意識が抜けないチームメートに対して、

「サッカーの試合で良いパフォーマンスを発揮するために良い食事をしよう、良い休息をとろう。今、夜遊びに出かけていいのか?それは試合前にすることじゃない。試合が終わったら仲間で少しお酒でも飲みながらサッカー談義でもしよう。今は、試合に向けてきちんとマッサージを受けてベッドで休もう」

「サッカーは団体スポーツ。1人ではできない。私がキャリアの始めからいまだ変わらないことは”自分のためでなく、チームのためにプレーする”こと」

2019年7月、安部裕葵がバルセロナへ、安西幸輝がポルティモネンセに移籍が決まるなど主力選手が次々に海外移籍を決めるなど、海外からの鹿島アントラーズが注目される状況に対して。(さらに同時期に鈴木優磨がシントトロイデンへ移籍)

「これは自然の流れだ」

ジーコの技術論

「ゴールの空いているところにパスを通しなさい。それがシュートというものだ。」

ショートパスのミスに対しては激怒。一方、ミドルパスやロングパスなどチャンレジしたパスのミスに対しては、

「問題ない。よいチャレンジだ」

と言ってくれる。いいと思ったこと、頑張ったことに対しては、『お前、できるじゃないか!』とすごく褒めてくれる。

小笠原満男選手の引退会見で最も印象に残っている試合として、自らがPKを外した試合を挙げ、ジーコから掛けられた言葉が根底にあると言った。

「PK戦っていうのは運じゃなくて120分戦い抜いてボロボロの足の状態でも狙ったところに蹴らないといけない。そのためにも練習でインサイドキック1つも真剣にやること。」

「すべては基礎がしっかりしていなければ何も生まれない。日本人はゴール前でとにかく急いでしまう。とにかくどんなに時間がかかろうと、地味でも目の前の今やるべきことを近道を求めずコツコツと一生懸命やり続ける。それが一番重要なことだ」

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ジーコのメンタル

「家に帰って鏡で自分に問いかけてほしい。最大限のことを日々、やっているかと。あのとき、ああしていればと思ったときには、1年は終わっている。後悔を残して1日を終えると停滞する。」

ある選手がミスから相手に得点を許してしまい、試合後に落ち込む選手に言葉を掛けた。

「気にすることはない。私はワールドカップでPKを外したことがある。」

ジーコがJリーグでプレーする外国人選手に対し、クラブにとっては助っ人という唯一無二の存在でなければならない、という考えのもと掛けた言葉。

「日本人選手とポジション争いをしているようではダメなんだ」

2018年クラブワールドカップで鹿島アントラーズがレアルマドリードに敗れ、3位決定戦に挑むことが決まった際のコメント。

「“敗北するという恐れは勝利への意志をも奪い去る”。死ぬことを恐れている人は、家を出ることはありません。鹿島はビッグクラブで居続けてほしい。今タイトルが20個しかないなら、もっと取らないといけない。25年後も常に最大のタイトルホルダーで居続けてほしい。」

「人間が生きるためには、食事を取らないといけない。クラブはタイトルを取っておなかをいっぱいにする。鹿島は、常にその意識のもとで取り組まないといけない。生き続けなければ、いけない。」

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ジーコとスタッフ

来日して間もないころ、練習場やクラブハウスなどの環境面について、クラブスタッフやフロントに対して掛けた言葉。

「このピッチは選手がサッカーをできる環境なのか? 練習後、選手に風邪をひかせないためにはシャワールームが必要だ。すぐに治療ができるメディカル面を整えないと。フィジカルトレーニングを行う施設もないとダメだ。選手が100%サッカーに集中するために、ホペイロや用具係も必要。選手がサッカーをする環境を整えるのがフロントだ。そうやってチームに貢献すべきなんだ。」

住友金属時代、劣悪環境には不平は漏らさず、スタッフに対して「なぜ、なぜ」の質問責め。スタッフも選手たちは、ジーコはいつも怒っている、と思っていた時、通訳がとうとうジーコに不満をぶちまけた。「こんなに怒られてばかりじゃ、もうやってられませんよ!」即座にジーコは理解不能の表情を作った。

「オレが怒る?オレはおまえに1度も怒ったことはないぞ」

周りのスタッフは、意識改革に心血を注いでいることに気づいた。

まだアマチュア意識が抜けなかった頃。筋トレの回数をごまかす選手を注意するコーチに対して叱った。

「頑張れ、しっかりやれ、なんて言わなくていい」

プロなんだからそんなことを言う必要はなく、言わないと練習もやらないような選手はここにいなくていい、という気付きをスタッフ・選手に与えた。

鹿島アントラーズでの現役時代、東京から鹿嶋市までしばらく高速バスで通っていたが、パニックになることを心配したスタッフから「お願いですからバスはやめて車で通ってください」と言われて返した言葉。

「車はガソリン代と高速代がもったいない。高速バスのほうが安い。」

さすがに途中からは車に切り替えたそうだが、それでもまだグチってたらしい。

タバコ嫌いで知られ、日本代表の監督時代に、隠れて喫煙したスタッフを発見すると、

「私は何事もわかっているんだぞ!」

と激しく説教をしたという。以来、そのスタッフは、喫煙後の口臭剤が欠かせなくなった。

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ジーコの人間性

1994年前期で引退したジーコは自分の後釜として現役ブラジル代表のレオナルドを鹿島アントラーズに加入するよう口説いた言葉。

「わたしはもう走れない。日本のカシマに来てくれないか?わたしのバトンを受けてほしい」

レオナルドが、96年にパリ・サンジェルマンからオファーを受けた際、鹿島に残るとレオナルドが言った際にかけた言葉。

「君の将来のためだ。パリに行きなさい」

この言葉でレオナルドは移籍を決意。レオナルドは移籍先のチームメートから「日本の鹿島に2年間もいたのか。無駄な時間だったな」と言われ憤慨したという

ジーコはブラジルでサッカースクールを経営している。入学の条件は、きちんと学校へ通うこと。そして及第点の成績をキープしていないと練習に参加できない。

「確かに厳しいルールだと思う。でも多くの子供たちの中でプロ契約ができる子はわずか一握りというのが現実。そんな大切な時期にサッカーだけやっていてプロになれなかった場合、その子の人生はどうなる?」

鹿島時代の合宿中のこと。ジーコが部屋で、日本のインターナショナル・スクールに通う息子の宿題を解いている際、

「この最後の問題がどうしても解けないんだ。この問題が解けたヤツを明日の試合に使う」

有名大卒のルーキーがこの問題を解き、実際に試合に出場して素晴らしいプレーを連発。その後一気にレギュラーの座を獲得したというウソのようなホントの話。

日本代表監督時代、サインを待つファンの1人にまっさらのブラジル代表ユニホームを手にした小学校低学年くらいの子供がいた。

「この子の親に本当にサインしていいのか聞いてくれ。オレのサインなんか入れたら真新しいユニホームが台無しになるだろうに。」

それに対し、スタッフは「あなたは世界のジーコでしょ」と言ったが、まだ心配していた。

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今も続くジーコの日本サッカー界への貢献

気になる言葉などありましたか?プレー面だけでなく、思いやりのある人間性が言葉やエピソードに表れていますね。

間違いなく今の鹿島アントラーズがあるのはジーコの貢献によるところが強く、日本サッカーへの貢献度も小さくないと言えます。

また、現在も鹿島アントラーズのテクニカルディレクターとして、第二の故郷と公言する日本サッカーの発展をサポートしています。Jリーグがプロ化して25年以上たちますが、今後のJリーグも含めた日本サッカーのレベルアップに期待しましょう!

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